どうも、はぱをです。
タイトルの通り、今回はTRPGを遊ぶ上での私のスタンスについてお話したい。
まあ、いつもどおり賛否両論あるだろうな~と思っている。
ただ先に伝えておきたいのは「私はこう思ってるし、こういうスタンスで遊んでいるよ」という話であって、「こうするべきだ」とも思っていないし、それを誰かに強要したいわけではない。
この記事を見て、共感してくれる人がいれば嬉しいなと思うし、「ふーん、なるほどな」と面白がってくれればそれでいいと思っている。
ただそれだけだ。
それでは前置きはこのあたりにして、本題に入ろうか。
「できないよりはできたほうがいい」

というか、これ。以前にも他の記事とかTwitterとかで結構言ってたりする。
私は基本的にTRPGの全てにおいて、「できないよりはできたほうがいい」と思っている。
これが私のスタンスだ。
例を出すのであれば、GMだったり、シナリオ製作だったり、演技だったり、立ち絵だったり……etc
上記ができなかったとしても、TRPGで遊べないわけじゃないし、楽しめないわけじゃない。
だから、できないからよくないというわけじゃない。
ただし、できないより、できるほうがTRPGが楽しくなるのは間違いないと私は思っている。
なぜ、そう思うのか?
その理由は非常に単純だ。
完成度が高い方がテンションが上がるのは当たり前
よく「別に立ち絵は描かなくてもいい」「ココフォリアの部屋をお洒落に装飾しなくてもいい」とか、そういう話題が上がる。
それについては、私もまあ、せやなと思ってはいる。
ただし、あくまで「~しなくてもよい」であって、それらが全く無意味で、無駄な行為であるかと言えば、それは違うと言わざるを得ない。
PLがそれぞれ用意してきた立ち絵がビシッと揃っている状態や、GMが頑張って用意してくれたお洒落な部屋は、そのセッション全体のテンションを上げてくれるのだ。
まあ、普通のことだと思う。
完成度の高いアニメ、完成度の高い映画、完成度の高いゲーム……それらに感動し、面白いと思ってしまうように、完成度の高いセッションも例外ではないのだから。
ただし、立ち絵やお洒落な部屋は、要素のひとつである。
そのため、無くても勿論成立するし、それらの要素があったとしても他の要素が欠如しているがために、満足度の低いセッションになってしまうこともある。
しかし、なるべく多くの要素が揃っているほうが完成度は上がるというのは言うまでもないだろう。
ただそれだけの話だ。
勿論、これは他の要素でも同じである。
演技でそのシーンを盛り上げることができたり、素晴らしいアドリブでシナリオを繋げるGM力だって、その要素のひとつだと言えるだろう。
ここまで読んで、本当に誤解しないでほしいのは「立ち絵がないと楽しくない」「アドリブができないならGMをやってはいけない」とかそういう話ではないのだ。
無理をする必要はもちろんないと思う。
何故ならTRPGは遊びだから。
ただ、本当に単純にあったほうがいい。できたほうが楽しい。
それを否定するのは違うんじゃないかなと思う。
遊びだからこそ、娯楽だからこそ、真剣により量も質も欲張って、楽しく遊びたいというのが私の考えである。
選択肢が増える
私は自分で言うのもなんだが、演技ができないわけではないと思う。
一応元々大学で演劇を学んでいたし、なんやかんや演技を褒めてもらっていたからである。
自分で言うのは本当に恥ずかしいが。
だが、TRPGにおいて、私はめちゃめちゃ演技をするタイプのPLではない。
そこそこPL発言多めで、PLとしてボケたり、周りのKPPLとわいわい遊ぶのが好きだ。
しかし、私自身演じるのは別に嫌いじゃないし、むしろ好きなほうである。
でも、私が好きな人はそうじゃないから。
私が遊んでいて楽しい人々は、めちゃめちゃ演技をして楽しむタイプのPLではないから。
だから、私はその人たちとなるべく温度感を合わせて遊ぶようにしている。
そのほうが私自身が楽しく遊べるのだ。
このように、できることをやらないのは簡単だ。
自分は立ち絵だけど、他の人がコマ絵なら、トリミングして合わせたっていい。
演技するのあんまり好きじゃないんだよねという人と遊ぶときは、なるべく演技を控えめにして遊べばいい。
ときに。
子どもの頃、「何故勉強しなければならないのか」という問いに、大人から「色々なことを勉強しておいたほうが将来の選択肢が増えるから」と回答されたことがある人はどのくらいいるだろうか。
私はある。
当時、中学生だった私は「ふーん、まあ確かにそうかもな」と思った。
正直、それと同じだと思う。
そう、これは別にTRPGに限った話ではない。
できることが多いほうが選択肢が広がるのは至極当たり前の話なのだ。
TRPGでも、できることが多いほうが遊び方の幅が広がる。選択肢が増える。
そして、その中から自分に合った遊び方を選ぶことができる。
つまり、より楽しく遊ぶことができるというわけだ。
できないより、できるほうがいいのはシステムでも同じ

以上を踏まえた上で、少し話したいことがある。
私がTRPGを語るとき、そのシステムは基本クトゥルフ神話TRPGだ。
そのため「他のTRPGで遊んだことないくせに」とか「他システムやったほうがいい」とか、そういうリプライやDMが送られてくることがままあるのだが……、
うるせえ!!!!!!!!!!!!!
と思っている。
まあ、確かに私はほぼCoCばっかりやっている。
し、読み手の多さを考慮してCoCを中心にした発信をしている。
それは間違いない。
ただ、他のシステムでは遊ばないとも、遊んだことがないとも言ったことはないはずだ。
他のシステムが嫌いなわけでも、他システムはCoCより劣っていると思っているわけでもない。
そもそもはじめて書いたシナリオのシステムはパラノイアだったし、シノビガミ/インセイン/ふぃあすこ/ダブルクロスとか他のシステムでもちょこちょこ遊ばせてもらっている。
あと、アンサング・デュエット/銀剣のステラナイツ/ガーデンオーダー/クラヤミクライン/ドラクルージュ/迷宮キングダム/モノトーンミュージアム/ロストレコードなど、普通にやりたいけど、周りに遊び相手がいなくて積んでいるルルブもあったりする。(遊び方教えてくれる人、一緒に遊んでくれる人は随時募集中である)
エモクロアとかもめっちゃやりたいと思ってる!!
CoC以外だってやりたいんだよこっちは!!!!!
……まあ、というわけでね。
話を戻そう。
私は普通に、CoC以外のシステム以外でも遊んだほうがいいと思っている派である。
けど、勿論「CoCがクソシステムだ」とか「CoCだけで遊ぶのはよくないことだ」とかそういうことではないし、「他システムでも遊ぶ”べき”」みたいな話ではない。
CoC以外のシステムで遊んでみることは、自分の遊び方の選択肢を増やすことである。
できないよりはできるほうがいい。
他システムで遊べないよりも遊べるほうが、そりゃ楽しい。
いや、色んなシステムで遊べるがゆえに、TRPGが楽しくなくなるとか意味がわからんもんな。
でも、正直私はCoC以外のシステムで遊んでみて、「これは~~、not for meだな~」と思ったことのほうが圧倒的に多かった。
システマチックなシステムがあんまり好きじゃない説がある。
でも、CoCよりもっと自分に合うシステムが見つかれば、もっと完成度の高いセッションを楽しむことだってできるかもしれない。
だから、食わず嫌いせずになるべく色々なシステムでも遊んでみるほうがいいなと思うのだ。
まあ、無理にとは言わない。
が、死ぬわけじゃないんだし、チャレンジしてみるだけタダかなって。
ほとんどのルルブは有料だけど。
ちなみにCoC以外だと、私はダブルクロスが一番好きだったので、みんなもやってみてくれ!
というわけで、一応これが私のスタンスなので「他システムやったことないくせにTRPGを語るなうんたらかんたら」とかクソDMなどを送り付けてくるのはどうぞやめていただきたい~~~~~~!
頼まあ!!
まとめ

できないよりはできたほうがいい。
今回話した通り、これが私のTRPGをやる上での基本スタンスだ。
なので、なるべくそうなるように努力はしている。
おかげさまで、ちょっとずつ長い年月をかけて、TRPGを始めた当初にはできなかったことが色々できるようになってきて、よりTRPGが楽しくなってきた。
一旦、色々落ち着いたら、新たにノベルゲーム製作にも手を出したいし、配信とかもしたいんだよな~と考えつつ……って感じなのだが、いつになることやら。
最後に、ひとつ。
基本できないよりできたほうがいいとは思うんだけど、それにも唯一例外がある。
それは人。
合わない人とも遊べるより、合わない人とは遊ばないほうがいい。絶対。
合わないってわかってるなら、無理して遊ばんほうがええ。
合わないな~~って感じながら我慢して長時間過ごすよりは、たとえ少し遊べる場所が減ったとしても、好きな人とだけ遊んだほうがストレスが溜まらん!!
無理して遊ぶのは百害あって一利なし!
間違いないぜ~~~~~~~~~~~!
以上!!!!!!!!!!!
ほなね~~~~~~~~~~~~~~~
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